院長だより

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公立野辺地病院の近況

2019年6月

 今年度は病院外科に長く勤務され、七戸病院に異動された鈴木先生の代わりに三沢市立病院から岩間先生、弘前大学整形外科より山内先生が赴任されました。また、看護師としては新卒が1人、他病院から2人当院で採用されています。放射線科、検査科、リハビリ科などでは新採用はありませんでした。また、定年後も当院で引き続き働かれている多くの方達もこの病院を支えてくれています。このような陣容でこの病院も令和元年度を迎えました。
平成30年度の経営状況は残念ながら芳しいものではありませんでした。この主な原因は慢性的な患者さんの減少と病院内の併設型老健施設を閉鎖したことによります。この閉鎖は1年半前倒しで閉鎖することにしました。それは、震度6で倒壊のおそれがある本館の4階に設置され、緊急脱出路が十分に確保されていないことや最近の入居率が7から8割程度しかなかったことなどが理由です。たとい入居者が少なくても病院併設老健の場合、看護師配置基準は非常に厳しく急性期病院の基準に等しいほどになっており、また、近頃の看護師不足が他の病棟の人手不足に拍車をかけており、時間外労働など厳しい労働環境を引き起こしていたことなどが理由です。あまりの厳しい労働状況で病院を辞めていくスタッフも少なくなかったのです。そこで、老健にいたスタッフを他の病棟に振り分けすることで看護師も看護補助員も少し余裕が出て、労働環境の改善が得られました。これは、国が進めている働き方改革にも通じていることになります。
具体的に経営指標を書き出しますが、平成28年度は病院に対して繰入率が13.9%で、不良債務が0%となりました。これはその前の5年間、経営健全化計画で過去の負債を精算するため、20~25%程度の特別繰入が行われていたことと、病院の医業収益も多かったことから、平成28年度は不良債務率が0%となったのです。しかし平成29年度の繰入率が17.7%で、不良債務率が2.3%と再び不良債務が発生しました。平成30年度では繰入率が17.5%となり、不良債務の解消はできず、9.1%まで積み上げてしまいました。今後も経営努力はしますが、小生が院長になった時と同様に、高額医療機器の故障が目立って買い換え時期となる10年を超えていきます。当院のような小病院ではCTやMRIなどを2台持つことはないので、故障すれば診療が止まってしまいます。故障などを繰り返せば病院の信頼が失われ、ますますの患者減少を招きかねない状況です。
経営改善に寄与するために新たな展開を模索しています。病院ではこの10年間、診療科毎の原価計算をしながら経営改善をしてきました。実は当院での入院を置かない診療科では大きなマイナスとなっており、常勤医のいる診療科で何とかしのいでいます。非常勤で、医師の派遣ができない科では、特段維持を目指さないで、診療科をなくすことも経営改善につながります。今回は泌尿器科の先生が3月で辞められ、大学などにもお願いしましたが医師派遣はできないとのことで、泌尿器科を閉じました。患者さんには大変ご迷惑をかけました。大まかな対応としては外科が泌尿器科の患者さんに対応していきます。常勤医には非常に働いてもらっており、これ以上負担もかけられないのですが、何とかして医業収益の増収を目指し、病院検診を倍増させていくことを計画しています。担当は当院副院長(外科)の小堀先生にがんばってもらうことになっています。
 病院を維持するには非常に資金が必要です。病院は人間が人間を診ることで診療費をいただいているところです。診療所を経営維持するのと全く経費が違います。収支をほぼ均衡させていく努力はしますが、大、中規模病院はかなり収支が改善されてきたようですが、100床から200床程度の小規模病院では非常に経営が難しいことは、全国どこでも同じです。小生だけではほぼ経営改善の対策が尽きており、職員にいま経営改善のアイデアを募集しているところです。また、経営コンサルタントもいれて対応しているのですが、小規模病院の生き残りは非常に困難であることは明白です。経営改善には医師の増員が必要ですが、大学外科医局からは、野辺地病院の年間手術件数が低下しており、これ以上手術件数が減れば若手医師の派遣は困難になることをすでに警告されております。教授からは外科の2.5人の派遣は守ると言われていますが今後どのようになるかはわかりません。ただこの4月からは隔週で大学外科医局から当直医を派遣してもらえることになりました。さらに、今回は岩間先生が来られましたので、若干外科も若返り、木村先生とコンビで麻酔、手術その他を担当しています。内科医師の増員も大学にお願いしていますが、残念ながら当院には3人以上は派遣できないと言われています。内科は中島、高杉、末吉先生の3人で外来、入院を担当しています。整形外科は2人体制ですが、ベテランの成田先生が来られて安定しました。もう一人は今のところ若手医師が6ヶ月毎に交代しながら担当しています。4月からは山内先生が頑張っています。内科、外科、整形外科以外で大学に派遣依頼をしている糖尿病、循環器、小児科、透析医など入院を担当しながら、外来、当直もこなす若手常勤医の勤務が当院には必要ですが残念ながら当院には派遣されていないのが現状で、非常勤で外来診療のみを行っています。当院が今でも行っている広い地域内の救急をきちんと対応し、大いに必要とされる医療を提供できる中核的な病院に変貌を遂げれば医師確保も少し期待できるかもしれません。

公立野辺地病院 院長 三上 泰徳


最近の考えていること

2018年6月

 最近、新聞紙上に掲載されました平内中央病院や公立七戸病院との再編合併の件についてお伝えします。本当であれば、当院独自で昭和47年に建設された本館棟と昭和56年に建設された南棟の耐震問題とこれらの病棟の使用が時代の医療情勢に全く適していないなどのことから、最新の病院建設を目指すべきと10年ほど前は考えていました。しかし、この数年をみても、周辺人口の減少とそれにつれて患者さんの減少が顕著になってきていて、これに併せて病院を新築するにしても、非常に規模の小さい病院しか目指せないことがはっきりしてきました。これでは、非常に効率も悪く、また、国の地域医療構想からかなりずれていることがわかります。そこで、少し不便になりますが、今のこの地域の病院はすべて診療所に変更して、救急対応のできる新病院の設置場所を交通の要所に変更して、医療圏を拡大して3~4万人を対象にした病院を目指すべきと考えました。現状の病院は1万5千人程度を対象にしており、病院として採算性のとれた病院として生き残ることが非常に難しいと思います。しかも、夜間、休日の1次、2次救急のことを考えると、医師も十和田市立中央病院並の最低30人ほど必要です。西日本の病院では同じような規模の病院でも30人くらいの医師で病院が運営されていますが、青森県では本当に少ない医師数で日常業務をこなしています。さらに開業されている医師達も減り、高齢化しています。当院の医師達も徐々に高齢化が進んでいます。大学からは研修医や若手のキャリア形成つまり専門医取得に何ら寄与しない地方の小病院勤務はかなり難しいのが現状です。県病も10年以内には青森市東部から市内中心部への移動も視野に入れていると聞いており、平内、野辺地あたりからのアクセスが少し不便になり、また、当然救急車の搬入も当然遅くなります。十和田市立中央病院がこの上十三地区の中核病院ですが、野辺地からは45分ほどかかります。それであれば、今は県病の救命センターを目指した方が医者にも患者にベターな選択となり、現状では県病へ連絡し、搬送受け入れをお願いしているのが現状です。しかし、将来、野辺地病院も診療所化し、地域に病院が無くなった場合には、上十三地域の中核病院である十和田市立中央病院にまず搬送することになり、必要時には三次救急病院である八戸市立市民病院に搬送されることが想定されます。しかし、野辺地町民にとって青森市での医療指向がつよく、自分たちの地域に病院があることで、現在のように、地域住民の急性期を救急対応してもらいながら、さらに高次医療を要する場合には県病に搬送する方法を目指すのが理想でしょう。ですから、町には病院経営の補助をしてもらいながら、今の場所でなくても、この地域に急性期を扱う病院の存続を選択した方がよいと考えます。
 話は変わりますが、平成31年4月に公立の特養が民営化され、平成32年4月には当院の併設型老健も閉鎖され、民間に委譲されることになっています。このことから、最終的には野辺地病院は内科、外科、整形外科の急性期型(10:1)、回復期の地域包括ケア(13:1)、医療療養(20:1)を組み合わせて南棟の3病棟で運営されることになっています。現在は併設型老健も含めて4病棟で運営しています。最近、看護師が多忙で時間外労働も多く、精神的、肉体的余裕もなくなり、当院を辞めていく看護師が目立っています。新たに採用する看護師も少数なことから、現場の看護師不足に拍車を掛けております。また、数年後には20人ほどの看護師が定年を迎え、かなりの看護師が辞められます。その補充に目途がたちません。さらに不足している医師の時間外労働も顕著となり、救急体制の維持にも限界に達しています。このような理由から平成32年4月を待たずに、看護師の配置数が市中の一般の老健より多い併設型老健をなくし、看護師を含めた医療従事者の負担を少しでも減らさなければならない状況となってきました。この数年で、平内中央病院や公立七戸病院の夜間、休日の救急体制がほぼ崩壊しかけており、当院も含めて十和田市立中央病院、三沢市立三沢病院などの負担が増えているようです。実際、少ないながらも平内町、旧七戸町や旧上北町などからも救急車の受け入れ依頼がきます。しかし、当院では先述したとおり看護師不足、臨床検査技師不足、医師不足などから、今後は当院でできる範囲内での対応をすることにしており、本年5月から、夜間・休日の北部上北地域外の救急車による患者さんの受け入れをやめることにしました。このことで多少なりとも医療従事者の負担軽減を図りたいと思っています。今は、病院として、救急対応をしながら、最低規模で生きながらえているような状況です。これ以上、規模を縮小すれば、病院としての機能を失うばかりか、採算性が全く取れないなどから、早晩2回目の破綻を迎えることになります。不良債務はいったんなくなりましたが、また、発生していくのは必然です。

公立野辺地病院 院長 三上 泰徳


医局を離れ赴任19年目を迎えて

2017年7月

 昭和53年に弘前大学医学部を卒業し、そのまま第二(大内教授)外科に研修医として入局しました。その後、小野、今、佐々木教授と4代にわたり、第二外科の医局員として45歳まで過ごしました。平成11年4月に大学から青森県立中央病院外科に赴任し、8年間をまさに消化器、乳腺外科医として1日平均して3から4人の手術や外来などの激務をこなし、さらに手術待ちを1ヶ月以内としていたことから、たまに一日6人も手術をしました。一緒に働いた県病の看護師さんたちも本当に大変だったと思います。平成19年4月に公立野辺地病院に異動、主に管理職の仕事になりました。この4月で11年目になります。さてこの間、新研修医制度が施行されたことで、僻地病院には医者が派遣されなくなりました。県病では多くの若い研修医たちと時間を過ごしましたが、野辺地病院では医局からの若い外科医たちが派遣されることもなくなりほとんど面識がありません。たまに医局を訪ねますと医学部研究棟がリノベーションされ、見違えるようになりました。ゴキブリが這っていた時代の医局とは雲泥の差です。
 最近まで野辺地病院に手伝いにきていただいた、ほぼ同年代の須貝先生が2月18日に亡くなった事を聞き、一緒に机を並べて仕事や遊びをした仲間として本当に痛恨の極みであります。古き医局時代をともに過ごした仲間を失って行くたびに、自分の定年まであと年齢を考えながら1日1日過ごしています。
 野辺地病院の10年間ですが、小生が赴任した時にはほとんどの先生方が勤務交代でいなくなっており、院長の神先生、内科の中島先生、外科の野田頭先生の3人が残っていました。その後内科は中島先生が変わらず、残り2人が交代で斉藤、安達(2回勤務)、島谷、佐藤、蓮井、高杉各先生からなる3人体制で激務をこなしてまいりました。外科は小堀、野田頭、鈴木、西、木村先生の中から3人体制で手術などをしてきました。小生も外科医師としてたまに手術やその他に参加しています。整形外科は黒川、長沼、沼沢、岩澤、成田の歴代オーベンと吉川、林、佐々木、陳、加藤、千葉、竹内各先生たちとタッグを組みながら2人体制で手術その他に取り組んできました。そのほかに小児科の千葉先生が青森市民病院を退職された直後から当院勤務となられ、大きな病気もされず元気に10年間勤務され今年お辞めになりましたが、この4月に突然亡くなられました。また歯科の古川先生が昨年3月にお辞めになり9年間一緒に仕事をしました。今は藤崎町の歯科医院でお手伝いをされているとのことです。その後任に若手の齋藤先生が昨年4月から勤務されています。
 この10年間の野辺地病院は激動の10年間であったと思います。その前の神院長時代は新研修医制度のため、医局からの医師派遣が減少し、産婦人科、小児科、脳外科、糖尿病内科の先生方がいなくなり、さらに当直勤務をしてもらっていた弘前大学の外科の若手の手伝いもなくなりました。本院は医師不足の憂き目を味わっていたようで、いわゆる標欠問題ですが医師充足率が70%をきって、かなり苦労されたと聞いております。亀田町長時代、当院は繰り入れも少なかったことで慢性的な赤字経営を持続していました。神先生時代に総務省から地方の自治体病院生き残りのためのガイドラインが提唱され、当病院の縮小・合併の話があったと聞いています。残念ながらこの構想は実現しませんでした。10年経った今、新たに総務省からの新ガイドラインと厚労省からの地域医療構想がだされ、いよいよ、人口減少時代の地方の自治体病院のあり方が問われています。このまま何もしなくても野辺地病院は生き残りが可能だと皆さんはお考えのようですが、地方の小病院が生き抜く事はなかなか難しいかなと思っています。医師もさることながら、看護師、薬剤師、放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士、介護士、看護補助員など募集をかけてもほとんど応募が無い状態で、医師(弘前大学から派遣)、その他の職種の方たちの新採用や増加がほとんどありません。いわゆる地方の人材不足なのです。ですから、国の財政諮問会議での自治体やその他の公的医療機関は廃止せよとの方向性にみごとはまってしまっています。希望はあります。やはり、地域のきちんとした病院をつくり、公務員病から脱却して、まずは独立行政法人、非公務員の職員で医療倫理に富む責任感の強い人材を育成し、患者中心の病院にし、医療レベルも向上させ、立て直していくことだと思います。そのことで、新たな野辺地病院はまた、患者さんが戻ってきてくれると思いますし、大学からの医師派遣も理にかなったものとなると考えています。まだまだ、やることが多そうです。

                        公立野辺地病院 院長 三上 泰徳


上十三地域の地域医療構想と野辺地病院の将来について

2016年7月

 3月に答申されたこの地域の医療構想では、2次医療圏の枠組みで十和田市立中央病院を地域の中核病院とし、三沢市立病院はさらに機能を特化し存続、他は縮小した病院と診療所とでネットワークを形成して地域の医療を守るとされました。さて、このことを野辺地病院にあてはめるとどのようにすればいいのかは、十和田市立中央病院を中心に地域の医療再編会議を開いて決定することになっています。当地域の急性期ベッドは約500床ほど過剰と判定されています。すぐに、ベッドの削減は難しいので10年ほどかけて減らすことになっています。北部上北地域の公立野辺地病院ですが、構成町村の病院に対する思いがバラバラで、財政的な問題もあり、ここを残そうとする意欲が非常に低いと感じています。最悪の想定では、ここには診療所しか残らず、この地域の救急患者さんは救急車で一次医療施設として隣町のちびき病院、さらに二次施設の十和田市立中央病院、または高次救急の県立中央病院か八戸市立市民病院に向かわざるをえないと考えています。つまりこの広い医療圏が救急体制から隔絶される可能性を意味します。今の地域医療構想では十和田を中心としたネットワーク構想であるため、東側と南部の医療が充実し、西側、北部がある意味無視されています。このことに対し住民はもっと怒るべきだと思いますがその熱意は感じません。 六戸病院は今年度中に診療所になるそうです。七戸病院は当面このまま病院機能を維持、または縮小し、最終的には十和田市立中央病院と連携した診療所化もありえるとしているようです。これら2病院は中核の十和田市立中央病院と距離的に近く大きな問題はなさそうです。また、平内中央病院は上十三医療圏外なのですが、かなり機能は下がっているようで、野辺地病院には平内町から多数の患者さんやたまに救急車が来院しています。可能な限り当院は救急患者を受け入れるようにしていますので、東北町や平内町の救急にも相当程度寄与していると思われます。弘前大学から派遣されている常勤医師も徐々に年齢を重ねて、50歳以上のドクターが増えており、無理がきかなくなりつつあります。しかしまだ意欲と義務感は各医師にはあり、しばらくは対応してもらえると期待しています。しかし野辺地病院が病院機能を失えば、ほとんどの医師はいなくなり、救急医療サービスはなくなります。「診療所」と「病院」では全く違うことを理解していただきたいと思います。
 今、野辺地病院はかなりの健全経営の努力はしています。しかし、公務員病院での黒字化は至難の業で、町村の財政も厳しく、病院への支援も先細りとなっています。また、野辺地病院の医療圏の人口も減少することで医業収益も低下しています。当局からは当院はまだ経営健全化の対象とされ経過を監視されているという位置づけでもあります。さらに、当病院は看護師をはじめ、一部の医療職の募集に対しても応募が少なく将来を託せる人材も減っています。このことから、近い将来、病院を縮小せざるを得ないとも考えられ、ますます経営が難しくなります。最近、大学各科の教授方に挨拶と継続的な支援をお願いしてまいりましたが、まだまだ必要な数の医師を小病院に派遣することは困難なようです。一部救急と急性期医療を行いながら、主には慢性期の患者さんを対象にした病院には若い医師はあまり興味をしめしません。
 診療所ではなく、病院として生き抜くためには、若手を含めた医師と新しい医療機器と十分教育を受けた医療スタッフがかかせません。新しい建物も必要です。これからふりかかるいろいろな困難を克服していけるだけの病院管理者も必要でしょう。何とかして病院として生き抜こうとしているさなか、昔の病院はよかったと小生を誹謗中傷している怪文書が町中にあふれていると聞き及びました。野辺地病院が近代的な病院に生まれ変わるには職員の意識を変えなければなりませんし、その気の無い職員は担当も変えざるをえませんでした。今年は野辺地病院に対する機能評価機構の再調査の年でもあります。評価機構に対しては、野辺地病院の目的は本当の患者中心の医療を行うことだと考えていますので、この病院を取り巻く状況を少しでも改善できるように努力していこうと思っています。この病院を利用されている地域の皆様には、なにとぞ病院に対する批判も応援もたくさんいただけたらと思っています。

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野辺地病院と周辺病院(画像:Google)

                        公立野辺地病院 院長 三上 泰徳


5年間の経営健全化計画を終えて

2015年4月

 院長便りの更新がかなり遅れまして申し訳なく思っています。
 昨年度が地方公営企業経営健全化計画の最終年度で、5年間で不良債務をゼロにするために利益増を目指す経営(表1)をひたすら行って参りました。一方で、今後、患者さんが当病院に気持ち良く来院できるように病院の改築工事も同時に行って参りました。経営的にマイナス要素となる多額の整備費をかけながら、不良債務を解消するという綱渡り的な経営を行ってきたことで院長便りを更新する余裕がありませんでした。幸いなことに不良債務は解消され、銀行からの一時借り入れも相当減らしました。ただ、県当局からは早期の不良債務解消をできなかったことでさらに5年経営健全化計画を続行するように指導されました。もっと早くできたのですが、将来の投資も行ったことで遅れたのです。しかし、数字は出ましたので、病院職員には意識改革や経営改善にいろいろと努力してくれたことに大いに感謝していますし、病院職員にはハード面、ソフト面、人事などでかなり厳しいものであったとも思っております。
 さて病院内の整備した内訳ですが、南2階病棟の休床している7床の個室の整備復活や病棟整備、南3階病棟の管理区域の明確化のための壁設置やトイレ改修工事、リハビリ部門の改築整備、セキュリティ対策として病院全体のドアの施錠整備、玄関先の改築整備などで多額の工事費を費やしました。さらに10年以上使用した造影装置、MRI、医療機器洗浄装置、ガス滅菌装置など高額医療機器も故障が頻発し更新整備をしなければなりませんでした。さらに職員の意識改革をさせるためにお金もかかりますが病院機能評価機構の審査を受けるというソフト面の改善もしながら病院の状況を改善させてきました。
 前回の院長便りのなかで看護師に対する苦情を列挙しました。これがかなりの程度で改善したことを最近の数回のアンケートでやっと確認できました。これは病院機能評価機構に依頼して病院が患者中心であることを職員に改めて意識させることも改善に役立ちました。その評価はS、A、B、Cのランクで報告されますが、当院の場合、中間報告ではほとんどがB評価とされました。残念ながらSはなく、C評価が一つあり、これは改善の報告をしています。このようにして最終的に病院機能評価機構からまだ不十分ながら患者中心の病院である認定病院と評価をいただき、ほっと胸をなでおろしております。病院の他者評価を受けることで自分たちの意識改革をするという目的はかなりの程度で得られましたが、これからの患者さんに対する意識や行動がさらに高められたかどうかはさらなる日々の努力にかかっていると思っていますし、数年後に再評価をまた受けようと企画しています。
 さて、今年度からは不良債務解消のための特別繰り入れの補助金はなくなりました。北部上北広域事務組合で規定された通常の繰り入れとなっています。その繰り入れ率は11%程度ですこぶる厳しい補助金となっています。当院規模の全国の標準繰り入れ率は18.3%であり、当院の経営は再び赤字が予想されています。ちなみに近隣の同規模病院では表2の通りで軒並み20%を超えており、この数字からも職員にはいっそうの経営努力を強いることになりました。ただ、患者さんの病院に対する評価も上がってきていると聞こえており、これまでのいろいろなハードソフト両面の投資は無駄でなかったのかなとも思っていますし、当院の経営指標(表3)も特に悪いわけではなく、また病院に対する信頼がアップすれば何とかなるかもという思いもあります。ただし、大きな黒字は望むことはできません。医業収益はこの3年間で出した数字がマックスの実力とも思っていて、収益は若干の増が得られるかもですが、現状は可能な限り赤字を小さくすることが目標となります。このことについては3月末に全職員に対して説明しました。
 今年は地域医療ビジョンとして、地区毎の病床機能を含めた病床整理が開始されて行く予定です。今秋にはある程度の方針が県知事から出されてくると思います。当院の耐震診断の結果からして、地域の方々が地域医療の要として地域中核病院を望むのであれば、早々の新築移転も考慮しなければなりません。この地域医療ビジョンと病院新築移転は同時期に進めなければならないと思っており、将来のことを我々も真剣に考えなければならない時期にきていると思っています。この地域の方々も野辺地病院の存亡について真剣に考えていただきたいし、また応援してもらいたいと思っています。

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                        公立野辺地病院 院長 三上 泰徳


公立野辺地病院経営再建と病院機能評価受け入れ

2014年5月

野辺地病院を取り巻く近況について述べてみます。

 北部上北3町村の公立野辺地病院が平成21年度の決算で5億8千5百万円の資金不足(不良債務率26.6%)を発生させ、公立病院ガイドラインの経営健全化基準の20%越えとなり、5年間の経営健全化計画を策定しています。そのため、新たな借金(起債)もできない状況になり、新聞にも赤字病院と大きく取り上げられました。高額医療機器の使用期間はおよそ10年程度ですが、小生赴任時にはすでに13年以上使用しており、故障しても部品もないという状況でした。この病院への繰入分担比率は野辺地町:横浜町:六ヶ所村がおおよそ8:1:1の割合となっていますが、およそ8割を負担する野辺地町の財政も厳しく、当院規模の病院の全国平均繰入率が14~15%であるのに対し、平成11年度から20年度までの繰入率は平均8%と非常に厳しい経営環境におかれていました。この間、小児科、産婦人科、脳外科が撤退しています。医療機器の更新や医業収益の増収を目指すにはあまりにも厳しい環境でした。
 H22年に公認会計士による外部監査が入り、当院の問題点を明らかにされました。当時世界最高峰の320列CT導入について批判されていましたが、このCTは今後10年間最新式として使えることを考えて導入しました。今でも、最新式の看板は続いています。当病院にはどの病院にも大概は存在する生き字引のような人もおらず、病院経営をするという事務方もいないという有様で、だれかがやってくれるだろうというぬるま湯組織と指摘されました。最初の2年間は前町長が実質病院長も兼務しているようなもので、病院の人事も予算も病院長の関わりはほぼなく、病院は赤字を積み上げる厄介者扱いでした。
 幸いなことに、H23年10月に病院は守るという新町長になって、病院を再建するという気運が生まれました。残された期間は3年半で、あらたに経営コンサルタントに相談しながら、経営健全化計画を再策定しました。この間、病院全職員に、このままでは病院がこの地域から無くなることも含めて、数回経営状況や今後の見通しなどの説明を行いました。とりあえず増益のために病院併設型老健(48床)を新設し、療養病床の介護型(37床)をやめ、医療型のみ(11床から31床へ増床)に変え、90%の稼働率を目指すことにしました。もともとケアミックスでしたが、将来の高齢化社会に対応したケアミックス病院に変身させることにしました。その一環として、さらに高齢化が進み病気を抱えている人も多くなることから、在宅支援を含め、当院でも昨年10月に訪問看護ステーションを立ちあげています。また、退院後に介護が必要となる高齢者も増えていますが、一人生活者も多く介護保険申請なども一人で行うことができない人がいます。このため、本年4月から居宅事業所の認可を得て、入院中に申請し退院後の介護への橋渡しをすることにしました。さらに地域からの紹介や電話連絡してくる患者さんの利便性を高めるために医療連携室を立ち上げ、昨年4月から活動を始めました。医療機器の更新や薬、医療材料、消耗品の購入には厳しく価格交渉をし、高額医療機器は使用状況をみながらリースや補助金で対応しました。こうして、H24年度は一般病床稼働率が84.9%と改善し、老健施設は稼働率が見込みより低かったものの介護度や医療区分の高い人を中心に収容して収益の確保ができました。その結果、H24年度の不良債務率を19%まで下げ、銀行からの一時借入金(H20年頃まで、繰入も少なく、1.9億のマイナス予算を強いられたため借り入れたもの)も一部返済できました。病院玄関や病棟の改築にはコストが発生しますが、新築移転ができないので、暗い病院のイメージアップにも投資すべきと考え明るい玄関ホールに変えました。24年度はうまくいきました。25年度前半の収支は4月も落ち込みがありましたが予定通りで推移し、後半には新型MRIを設置するために12月から約2ヶ月検査ができませんでした。それに伴い整形外科の手術件数も減り収益も低下しました。当初見込みから相当落ちるかなと心配しておりましたが、今年になり、かなり挽回し黒字の収支決算となっています。職員の奮闘に感謝しています。

 さて、今年1月の当院入院の患者さんからのアンケートで看護師の話し方、態度等に対するご意見を原文のまま掲載します。

●女性看護師で説明の仕方が上から目線の人がいる。
●看護師の仕事について、色んな仕事を兼務しているので大変だと思うが、
 それが患者に対してピリピリした態度に出てきていると思う。
 ほかの病院は介護の方がやっていて余裕を持ってやっているので患者に対しても心配りが良い。これからはそれを望みます。

●退院後の生活についてですが、「親身な説明」と「早く退院しろという様なこちらを焦らせる、
 まるで追い出される様な態度・説明・対応」とは紙一重だと思います。
 皆様ももはやサービス業と位置づけられているはず。

●お一人お一人(先生を含め)がその自覚を持ってお互いに不快感の職場、入院生活、
 受診環境が整っていけば良いと願ってやみません。よろしくお願いします。

●看護師さんに対して気を使って話さなければ冷たい態度が返ってきたりする。
 疲れていると思いますが、優しい声掛け(別に標準語じゃなく、人数も少ないし)をお願いできればと思います。

●個室にいるときナースコールしましたら、看護師に「今順番にまわっているのに」と言われました。
 怖かったです。笑顔がほしいです。

●家族が入院して、とても不愉快に感じたことがあります。看護師の患者や家族に対する対応や言葉使いがあまりにひどく、患者を見下した態度、自分たちが面倒を見てやっている。という様な言葉使い、あまりにもひどすぎます。前からひどいとは聞いていましたが、こんなにひどいとは思ってもいませんでした。とにかく、どの病棟の看護師も最低です。患者に対する言葉使いや対応の仕方を勉強してきたらいいじゃないですか?
●看護師さんに対してですが、入院時書類の書き方が悪いと怒って話す看護師さんがいました。
 書き残し等があったら、もう少し穏やかに教えてくれてもいいのではないでしょうか?


 このような、厳しい意見がアンケートをとると最近もみられています。

 このことに対して病院は何もしていないのではないかと思われている人も多いと思いますが、経営は改善しつつも、病院の本来の人に優しく接するという規範が薄れていては、病院の将来も悲観的です。看護師たちも忙しく余裕の無さからきているのかもしれません。しかしこのままでいいわけがありません。そこで病院の基本理念を少し変え、「患者の権利を尊重し、安全で心の通った医療を提供します。」としました。さらに患者さんへの安心とサービス向上を目的に病院機能評価を受けることにし、看護師を含め職員の再教育を開始いたしました。長年続けてきた慣習や地域性で変化を受け入れられない職員もいるようですが、このままでは病院の本来の姿とはほど遠い状況であり、改善が待ったなしです。病院財政再建中ですが、ずっと緊張を強いるようにしてきて、いま職員の中だるみもあるかもしれません。病院がよくなったとこの地域の人が感じるように、一層の努力で職員一丸となって中身のある病院再建をこの1年取り組んでいかなければと思っています。
 最後に、経営計画のなかで明らかになってきたことについて付記しておきます。近い将来、野辺地病院と近隣の七戸病院や平内病院と競合しながらともに生き抜く事は人口減少もあり不可能であることが判明しました。十和田や三沢はすでに新築移転され独自に病院を建てられました。しかし両病院とも経営状況は厳しさを増しているようです。上北郡5町村プラス平内も含めると面積も広大ですが、交通を確保しながら、5町村で維持する公立病院を1つ新たに作り、救急医療をある程度担える二次中核病院として活動しなければ今の小規模の病院はすべて失うと考えています。大学病院からは研修医もいないような病院には医師派遣は難しいと言われていますし、この上北地域が医療過疎にならないように今から対策しておかなければならないと思っています。

                        公立野辺地病院 院長 三上 泰徳


病院管理者としての今後の課題

2013年8月

最近の野辺地病院での救急対応やいまの問題についてお知らせします。

 当院では、常勤の入院対応する医師が内科3名、外科3名、整形外科2名の計8名で月5~6回の当直、日直に対応しています。あとは月2~3回の日直をしている私と大学から月1度だけ土曜日の日直をしていただいている先生で夜間・土日の対応を補っています。そのほかに、本来は入院患者対応のための待機でしたが、いまは救急の待機として内科、外科、整形外科の各科で、365日毎日バックアップ体制を敷いています。整形外科は2人ですから大変です。もちろん看護部・放射線技師・臨床検査技師も待機していてオンコールで病院に召集されます。潤沢に医療スタッフがいるわけでもないのに、このような救急体制を敷いていけるのは病院職員のがんばり以外に他なりません。当然当院で対応できない多発外傷、急性心筋梗塞、脳卒中は初期対応をして最も近い三次病院の県立中央病院に搬送します。そこで受け入れ不可能な場合は青森市民病院にお願いすることも多々あります。ドクターヘリが使えるのは天気がいい日中のみで、八戸市立市民病院に搬送されていることもありますが、夜間や荒天時には我々がまず対応することとなり、救急車で一番近い青森県立中央病院に次の対応をお願いすることになります。すべての救急患者を受け入れていただけるよう、県立中央病院救急部の一層の充実をお願いするものであります。
 さて、救急体制は経営上、きちんとやればやるほど赤字が発生します。救急に対する国からの補助もあるのですが残念ながら不足しており、野辺地町に多大な負担をお願いしている状況です。当院の経営を支えてもらっているのは野辺地町、横浜町、六ヶ所村の北部上北郡の3町村ですが、実際の救急対応をしている患者さんの内訳をみますと野辺地町が最も多いのですが、東北町、平内町からの夜間・土日の患者さんも非常に多いのが現状です。救急体制は非常にお金がかかりますが、これら2つの町にはご負担をいただいておりません。ですので、救急車はまず、それぞれの町の病院に行ってもらうことにしています。個人で直接病院にこられた患者さんは問題なく対応することにしていますが、小さな赤字病院でもあり、この地域からの救急車対応は原則お断りしています。
 将来的には平内町の一部と七戸、東北町を含めた上北郡全域をカバーするもっと大きな病院(250床・医師数30人程度)をつくり、もっと充実した診療料とほとんどの救急車を引き受けることのできる救急体制を敷いていければと願いながら、その実現性をいま探っているところです。
                                野辺地病院・三上


病院管理者としての今後の課題

2012年8月


 平成19年から野辺地病院に赴任して6年目になります.院長としては5年目ですが,いままでの病院からの発信では病院の経営危機の話ばかりで,病院を受診される患者さんや家族の方たちに不安と不満を抱かせてしまっていたことを反省しています.さて,昨年中谷町長が誕生して以来,病院管理者として,病院の質や経営改善に積極的に関与されています.事務長も外部から病院経営に通じた方を招聘し,内向きであった事務職員を鼓舞していただいております.これまでは残念ながら,院長には人事の関わりも,予算の内容チェックもできませんでしたが,初めて病院の意見を受け入れていただきました.このこともあって病院の職員の志気もあがり,経営改善に全職員が一丸となって取り組むことができるようになったと感じています.
 病院の建物は古く,不便な造りではありますが,徐々に手を加えて,患者さんに優しい病院を目指しております.もともと救急など急性期の医療にはまじめに取り組んでまいりましたが,今後はさらに,訪問看護室,病院内老人保健施設や地域連携室の充実化など,これから本格化する高齢化社会に向け,介護,医療の一体化も充実させていきます.
 癌治療についてですが,消化器が中心とはなりますが,当病院には癌治療認定医,消化器病専門医,消化器外科専門医もおりますので安心して受診してください.最近320列CTを用いて、バーチャル大腸内視鏡を開始いたしました。大腸検査を希望される人は是非検診センターに声がけしてください。また,乳癌の診断や治療にも力をいれており,女性技師によるマンモグラフィーや超音波検査を駆使して,1cm以下の早期乳癌やDCISなどを発見,治療しています.当院には診断用としてエラストグラムやマンモトームなどはすでに導入し診断に活用しています.近い将来,乳腺専用のコイルを用い,MRIマンモも導入予定です.また,乳癌手術の縮小化に向け,センチネルリンパ節診断のために赤外線カメラの導入もすでに行って,センチネルリンパ節生検に役立てています.乳腺組織が充実している30~40代の方たちはマンモグラフィーのみでは乳癌が発見しにくい人も多く,乳腺超音波などを併用した乳癌検診を受けることを勧めています.検診センターまたは外科外来で受け付けていますので不安をお持ちの方は連絡ください.
 整形外科では脊椎専門医による診断と治療が行われており,たくさんの患者さんが受診されています.外来が混雑して申し訳ないのですが,整形外科医が2人しかおりませんし,午後は手術が予定されていることがほとんどで二人とも多忙ながら,鋭意努力しております.なにとぞご理解願います.
 最新の医療を提供すべく病院全体で取り組んでおりますので,近隣の市町村の患者さんも安心して当院を受診してくださるようお願いいたします。